| ■中山道って?
江戸時代、幕府は中央集権体制を強めようと、五街道と呼ばれる5つの幹線道路を整え、大名の参勤交代や全国的な商品流通などに盛んに利用していました。中山道は、この五街道の中の1つにあたり、江戸から草津までを結んでいます。 そして、 これらの街道には、すべて江戸の日本橋を起点として、一里(約4km)ごとに榎木か松の木を植えて目印とした1里塚が作られました。また、2〜3里ごとに宿場が設置されており、特に大名の泊まる宿は本陣といわれ、格式の高いものでした。 中山道が草津で東海道に合流するまでの間、全部で67の宿場があります。 |
| 瑞浪市は東西を貫くように中山道が走っており、今もまだその面影を残す宿場や一里塚、石畳などが残っています。中山道に67ある宿場の中でも有名な、木曽十一宿の最後に当たる馬籠宿を過ぎ、中津川市の落合宿から関ヶ原の今須宿までが美濃十六宿となります。瑞浪市には、この美濃十六宿の中の3つ目と4つ目に当たる大湫(おおくて)宿と細久手宿があります。中山道は歴史をたどるとともに、東海自然歩道にもなっており、自然を楽しむにはもってこいの場所です。 | ![]() |
![]() |
■細久手宿
慶長15年(1610年)に新宿として設けられました。江戸から数えて48番目の宿にあたります。 宿内の戸数60〜70戸のうち、旅篭屋は25〜35軒ありました。助郷14ヶ村の人々が宿を助けて人馬役を負担し、姫君道中では、楽宮,寿姫などが降嫁の時ここに宿泊しました。 |
|
幽玄なムード漂う
穴観音 |
|
|
||