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| 春慶塗は飛騨の匠(たくみ)の伝統工芸である。 素材を木材の王者といわれる木曽ヒノキ(曲物はサワラ)に求め、生地に透き漆(すきうるし)をかけ、心豊かな琥珀色に塗り上げ、天然の木目の美しさをそのまま生かしたのが特徴である。 春慶塗は慶長十二年(約四〇〇年前)、当時の高山城主重頼の長兄、金森重近公(号宗和)の時代、木匠高橋喜左エ門、塗師成田三右エ門によって蛤形の盆が作られ宗和公に献上されたのが創始であるという。 微妙な光と影がおりなす艶、妖しいまでに美しい繊細な色調に魅せられた公は、茶道の名器“飛春慶”にあやかり春慶塗と命名したと伝えられている。 初期のものには、膳、盆の類が多く、江戸末期から明治初期に至って重箱など角ものや茶道の水指し、水つぎなどの曲物が出現し、線と円とで立体的な美しさを満喫させてくれる作品が生まれるようになった。 |
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明治、大正時代、いわば春慶塗の爛熟期は、飛騨の匠たちが精魂を傾け、腕の冴えを競いあった時代であった。 大正から第二次大戦前の昭和初期は、木地師と塗師がマンネリズムから脱却しようと苦慮した時代であり、立体感溢れる現代の新しい作品を生み出した転換期と見ることができる。いったい春慶塗の美の秘密はどこにあるのであろうか。木地師は“塗り”によって仕上げられる次の工程への意識が、知らず知らずのうちに塗師に対するライバル意識となって制作意欲に燃え飛騨の匠の血と伝統を指先にこめる。いっぽう木地に負けてはならないという塗師の意地は手に持つ刷毛に血を通わせて名器づくりに挑戦する。つまり、春慶塗は厳しい試練に磨きぬかれ、技を競いあった木地師と塗師の“二者一体”の共同芸術であり、これが特殊漆塗器として、他の追従を許さない春慶塗の真髄であるといえる。 |
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