造形作家『にわぜんきゅう』氏の作品”春のどか”
1999年11月26日

 中部経済新聞掲載


ホットな心にさせる作品をつくる
造形作家 にわぜんきゅう氏

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 素朴でやさしい「石の鳥」や笠をかぶった「出会い法師」「かぐや姫」「恵比寿・大黒さん」「座敷わらし」など粘土や石でつくられたものばかりだが、その作品がどれもほのぼのとしてかわいい。どうしてこんなにやさしい作品が出来あがるのかその作家を訪ねてみたくなるのも私ばかりではないはずだ。その造形作家にわぜんきゅう氏は愛知県南知多町内海で創作活動を続けている。東京デザイナー学院名古屋校を卒業後、東京のグラフックデザイン会社・洋服メーカーを経て28歳で独立。婦人服製造販売会社を社員10人・下請け50件も持つ企業経営者だった。規模拡大に全力を注ぎ会社は順調に大きくなっていった。  ホットな心にさせる作品をつくる 造形作家『にわぜんきゅう』氏
自分の心に悟りのことばが生まれた「まあるい こころで 生きていきたい」  ところが思わぬことから離婚・子供との別れ、仕事の行きずまり、そして父の死、就職も決まらず、すべてを失った彼は一人ボロボロになってふるさと南知多町内海に帰ってきた。突っ張って生きてきたことを反省した。そして一日一つでも悟らなければと思う日々は2年3年と続いた。そのとき自分の心に悟りのことばが生まれた。「いらいらするな くよくよするな ぎすぎすするな おおらかに おおらかに」「まあるい こころで 生きていきたい」「やさしさと ほほえみで 心の灯をともしたい」と。
 そんな反省の日々を幼い頃に遊んだ「内海」の海で毎日絵を描き続けながらすごした。そんなある日、羽の模様のついた石に出会う。この石は砂岩できめが細かい。それを拾って家に帰り生きているように創ろうと石の鳥を作り続けた。しばらくして訪ねてきた叔父から「これはいい売れるかも知れん」と誉めてくれた。この言葉が彼の人生を変えた。生きる目標が沸いてきたのだった。それから夢中になって家の中いっぱいになるほど「石の鳥」を創りつづけた。創っているうちに志が沸いてきた。それからも好きな海に出かけて行く。何を創ろうかと海辺を歩くのではないが、流木や石が何かに見えてくる。次々に作品が誕生した。 羽の模様のついた石に出会い、それを拾って家に帰り生きているように創ろうと石の鳥を作り続けた。
にわぜんきゅう氏は悟りの毎日から人間のこころの二面性を見出した。  やがてこれらの作品は小渕沢のえほん村にて石鳥展・東京銀座ショールームで石の鳥ディスプレー・ウッディー専科(婦人画報社)にて石の鳥特集・日本ジャーナル8月号にて石の鳥特集・東京青山HONDA本社ビルとWELCOMEPLAZAにて石鳥展とさまざまなところで登場することとなった。にわぜんきゅう氏は悟りの毎日から人間のこころの二面性を見出した。人間はシーソーのようなものであると…・・シーソーの中心から左側は利益追求の金もうけの世界。お金の損得で毎日アクセク働きギスギスした気持ちでいる。そして右側は愛とか優しさの世界で心豊かである部分。あまりお金にギスギスしすぎているとこころが貧しくなり、余裕がなくなる。現代の人々は少し左側に行き過ぎていてバランスを崩しているような気がすると言う。
 そう言う時代だからこそにわぜんきゅう氏の作品は多くの人々の心に深く刻まれるものがあるのかもしれない。
 特別養護老人ホームのお年よりから頼まれて作った紙粘土のお地蔵さんも、タライに内海の砂を入れ、砂かけ地蔵という名前をつけて据えたところ「かわいい、かわいい」と、お年寄りがお地蔵さんにお供えものをしたり「今日一日子供や孫達が元気でありますように」とお祈りをするようになった。そんなことからお地蔵さんも生まれ、絵も頼まれるようになった。なんともやさしいお地蔵さんはホットした気持ちになって手を合わせたくなってくる。今、にわぜんきゅう氏はシーソーの右側の優しい世界で自然体で生きている。生まれる作品はこのやさしい心がすべて作品に表れているといえよう。もっともっとにわぜんきゅう氏を追ってみたいと思う。この続きは次回をお楽しみに。

●にわぜんきゅうのアトリエ
 愛知県知多郡南知多町大字内海字長城20-11 ユトリアル内海405
 TEL/FAX:0569-62-2967
なんともやさしいお地蔵さんはホットした気持ちになって手を合わせたくなってくる。
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『うつりゆく商業環境と躍進するまちと店』
広野 嘉代子