![]() 2000年2月4日 中部経済新聞掲載 |
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| 長期出張の最中に体調を崩し、東京の病院へ急遽予定を変更して治療と静養をした。頑丈な私も1年に一度はこんな日もある。長野〜東京〜千葉〜東京とみっちりと予定を組んで順調に仕事をこなす予定だった。日程を変更していただき千葉県佐倉市へ行った。千葉県は成田空港や東京ディズニーランド・幕張メッセなどがあるが、東京に近いこともあって、ややもすると東京都にあると錯覚をしてしまう。東京駅から特急に乗り30分くらいでもう佐倉駅だ。「まちの花」はやはり「さくら」であると言う。佐倉駅は近代的かつオシャレでイメージは良い。ところが駅前にパチンコ店ができるらしく愕然としてしまった。閑静な住宅地と田園風景が広がる佐倉市のイメージにはパチンコ店はダメージになることは間違いない。 | ![]() |
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目的地の株式会社ホソヤミートは駅から車で5分位の広大な佐倉工業団地内にある。敷地15,000u工場4,000uで昭和53年3月に完成した。社長 細谷幸平氏は若手紳士でバリバリの経営者だ。 明治40年創業。昭和27年2月に株式会社設立。従業員450人売上97億8千万(平成10・9月期)の大企業だ。 牧場部門・販売開発部門・製造部門にわかれ、牧場部門では牛を北総牧場(直営牧場)にて1000頭、協力農場で2000頭を飼育。牛は北総牛・豚は香り豚という銘柄で出荷。牧場部門はホソヤミートの開発・販売する製品の素材研究の場でもあり、高品質素材として評価も高い。現場は衛生管理が行き届き素晴らしい環境のもとに肥育されている。ズラーと並ぶ牛の群れに圧倒される。 |
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| どの牛も人なつっこく私が近づいて行くと逃げるどころか一勢に近寄ってくる。イヤなにおいは不思議とない。販売・開発部門ではホソヤミートの主要客先である全国のスーパーや生協に対してどのような商品を提供するのか、お客様のニーズを一つ一つ確かめながら商品開発をしていく為、現場を回る営業社員も商品開発メンバーに参加する。各製品を製造する工場は野菜の協力工場を含めて製品の品質維持向上と安全・衛生管理に細心の注意を払い厳しく行っている。工場見学も窓越しに見せて頂いたが、厳しい衛生管理には敬服する。肉の生産では全国でもトップクラスとなっているホソヤミートも、この地域性に関連が深い。千葉県は全国でも酪農・肉牛農が盛んな県である。 | ![]() |
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前社長は獣医であり、家は肉屋をしていた。直販店4店舗とスーパーの精肉店にも出店していた。獣医師としての研究にも精力を注ぎ1頭しか生まれなかった牛の生産に双子が生まれやすいことの研究にも成功した。、薬学の知識も豊富で、牛を飼う農家の農事組合を創って安全・安心な製品づくりの指導や生産の技術向上にも力を注いできた。今のホソヤミートの基礎を作ってきた人だ。今では提携肉牛肥育牧場9ヶ所・直営子豚生産農場2カ所・提携肉豚生産農場11ヶ所となった。 急速に拡大した要因には昭和20〜30年代ころから日本人の食生活が洋風化したことにある。肉を食べる事によって寿命が延びることが判明し盛んに肉を食べる様になったからだ。肉が流通する仕組みづくりに貢献してきた功績は非常に大きい。牛を飼う農家の皆さんは手間隙を惜しまず労力を提供して頂ける。いわゆる技術やノウハウはないが労力は提供できる。農家だから土地もある。農家との保管関係はこうして成立した。 |
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| 飼育に必要な餌も安全で育ちやすい餌を設計して農家に提供する。成牛になったら一括して引き取る。販路開拓もすべて引き受けてきた。肉を生業に生きてきた会長は3代目で獣医師をしながら酪農家と肉牛農家で牛が流通する仕組みを会長は一代で作りあげ大規模化にも成功した。家畜商協同組合の理事長も務めてきた。昭和60年頃開発した「しゅうまい」やその5年後に「ぎょうざ」「春巻き」などの日配品は安全・安心はもとより直営牧場の豚肉を大量につかい製品化した。原料はコラーゲンを多く含む肩肉をつかい火を通すと味の出る具材を徹底的にこだわってつくった「しゅうまい・きょうざ・春巻き」はおいしいと評価を得ている。美味しい肉を作るには畜産技術のノウハウがものを言う。 ●(株)ホソヤミート 〒285-0808 千葉県佐倉市太田2056 TEL:043-484-2181 FAX:043-486-8608 |
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| トピック履歴一覧へ | 中部経済新聞連載記事(毎週金曜掲載) 『うつりゆく商業環境と躍進するまちと店』 広野 嘉代子 |
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