なつかしいロマンが漂う飛騨古川

2000年6月9日
中部経済新聞掲載



なつかしいロマンが漂う飛騨古川

 
 「シャバにあぐんだら古川へ」これは世間に疲れたり、生活に困ったら古川へ行って見なさい。きっと古川の人情と風土が貴方の疲れを癒してくれますから。の意味で あるが、古川とは、岐阜県吉城郡古川町のことで、人口16.000人、4.300 世帯のまちで、観光客は年間560.000人が訪れる観光のまちである。高山市から車で25分ほどの近いところにあり、ややもすると高山市の陰に隠れた存在になりがちであるが、しっとりとおちついた雰囲気は大人の町として魅力がある。つかれたときにはこのまちが癒してくれそうだ。 
趣深い店構え
                 まっすぐな道路に並ぶ軒先         
  古川の町は昔ながらの格子戸のある木造の建物が多く、道路も整備されまっすぐだ。 それは明治のころ町全体の9割が焼失してしまい、再生されて整備されたからで、古 川は盆地のため、ひとたび火事がおきると大きく広がってしまい、大火になりやすく 、かつては何回も火事をおこしている。そして大火後に応急的に建てられていた家が建替えの時期も同じ頃になり、このような木造のしかも格子戸のある家が軒並みに建 てられた。その建物も特徴があって、飛騨は奈良時代より匠の里として知られ、なかでも古川は人口の約7割が建設業に関連した産業に従事していると言われ、大工さんが150人も住んでいる町である。   
  先日、愛知県で「暮らしとすまい」のお話を建築家の方から聞く機会があり、その話のなかでも飛騨の大工さんの建てた家は、日本古来の伝統的技法による癒しの住まいの原型がここにある、とそのすばらしさを聞いていた。飛騨の匠の技で建てられてきた家は、大工さんが自分の建てた家の紋章として、「雲」と呼ばれているしるしを 刻んでいることも大きな特徴と言える。それぞれの家にはいろいろな「雲」があって、自分の建てた家には同じ型をつけて古川大工の誇りを示すシンボルとなってい る。町並みをジックリ歩いてみると目に付くはずである。ぜひ、みなさんも訪れて見て頂きたい。 おちついた雰囲気の町並み
水場-ここで女工さんも手を清めたのかも...   また、古川には立派なお寺があちこちにある。ちょうど町をお寺で守っているように存在している。町づくりにおいて、お寺は大事な資源でもある。「ああ 野麦峠」の舞台になったのもこの古川で、飛騨地方では、明治から大正にかけて信州の製紙工場へ野麦峠を超えて女工として働きに行く娘さん達が多く、古川でも彼女達の稼ぎが貴重な現金収入となっていた。女工さんを集めにやってきて検番が泊まった八ッ三旅館もある。三寺まいり(本光寺・円光寺・真宗寺)はふるさとに帰ってきた女工さん達が着飾り巡拝したことで、男性がお嫁さんを探す格好の場所となってい た。本光寺は飛騨のなかでも一番大きな木造建築物であり、このお寺の玉垣には女工さん達の名前が掘られている。当時の女工さんがどんな思いでここに刻んだか、思いを馳せてみるのもよいでしょう。

  すこし歩いて行くと町並のあいだには瀬戸川がながれていて鯉が泳いでいる。この川の近くには「お団子」を焼いているおばあちゃんがいて、私は早速だんごを買いほおばりながら、川面の鯉を眺めていた。ゆっくりと時間が流れていくようなおちついた気持ちになってきた。平日であったが、中高年の団体さんが大勢散策していた。「高山の町は若者の町、古川は熟年の町」と位置付け られていると、老舗の旅館のご主人の言葉にうなずけるものを感じた。次回は「ああ、野麦峠」の映画の舞台となった八ッ三旅館を訪ねてみたい。すっかり古川が好きになってしまった。

  古川案内 http://www.town.furukawa.gifu.jp/main.html 

心なごむ水路道 時間の早さもちがう気がします。
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『うつりゆく商業環境と躍進するまちと店』
広野 嘉代子