2000年7月7日 中部経済新聞掲載 |
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| このところ度々飛騨方面に出張する。高山市を中心にして上宝村、朝日村、国府 町、河合村、古川町とそれぞれの特徴があり、観光的にも歴史的資源にもめぐまれた環境に、改めて飛騨方面の魅力を大いに感じている。朝早く目覚めると雲海が広がり、遠くに雪を残した北アルプス連峰を望むと日頃の疲れも癒される。高山市を拠点に活動をしているが、お昼の食事でお気に入りが餃子の店「一源」である。釜揚げ水餃子が気に入っていて、いつも同じものを頂く。自分で食べる分だけを一人用の釜にいれ熱々をほおばる。高山でこんなにおいしい餃子が食べられるとは本当に以外だった。 |
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もっと驚きなのが、「一源」の店を創った経営者が大和ステンレス(株)社長 前川圭三氏であったことだ。飲食店とは全く関係のない業種である。ステンレスを中心とした金属製品の製造を手がける会社である。ステンレスやアルミなどの特殊材料を用いたビルの外装や階段の手すりなど付加価値の高い建築用金物製造にも除々に力を入れ、拡大をはかり今では社員50名の会社だ。最近では生ゴミを24時間でバイオテクノロジーで消してしまう「ゴミサー」の販売にも参入した革新的な企業である。 | |
| では、その会社がなぜ餃子の店なのか。私は前川社長の生きかたに大変関心を 持った。結論から言えば料理づくりが大好きだったと言う事かもしれない。前川社長は大和ステンレスの会社を興した昭和50年のころから飲食店をやりたいと思いつづけてきた。高山市以外にも3ヶ所の営業所があり、各営業所の社員との食事会もコミュニケーションを図る為行ってきたが、前川社長自ら料理を作り振舞ってきた。しかし、家族の反対もあり実現できずに来てしまった。ところが、反対していた奥様が病気で亡くなり失意のなかで、もう一度自分の好きな店を創りたいとの思いが強くなり、実現させたのであった。 |
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人材にも恵まれた。以前から知り合いだった喫茶店経営の経験をもつ上小家隆弘さんの協力を得て店づくりに入った。店長となった上小家隆弘さんは料理が得意な前川社長のもとで、半年間勉強をした。店の土地は以前から持っていた土地を有効利用。高山駅前の通りを西へ車で7〜8分の好立地だ。 餃子の材料もこだわった。飛騨牛・飛騨豚・飛騨一本ねぎと土地の素材を使い作る。 九州から北海道まで店舗の研究に上小家店長と二人で奔走した。半製品の餃子を自分で調理して食べるようにしたことが、どこでもやっていない食べ方で、店の売りと なっている。 | |
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お客様からは「本場、台湾の有名なお店にも負けない美味しさでした。」と称賛のお手紙も届くようになった。不況のあおりでどこのお店も経営は厳しい。ましてや新規参入組みはよほどの覚悟をもってやらないと、この飽和状態ではやっていけない。前川社長のオリジナル性と研究心旺盛なトップこそがこれからの厳
しい飲食業界を生きていけるのではないだろうか。企業とは常に自転車操業そのものだと以前にこの記事でも書いた。常にこぎ続けていかないと倒れてしまう。そんな躍進を続ける経営者を見つけた気がした。 |
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| トピック履歴一覧へ | 中部経済新聞連載記事(毎週金曜掲載) 『うつりゆく商業環境と躍進するまちと店』 広野 嘉代子 |
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