飛騨国府・宇津江四十八滝のかくれ味、八光苑

2000年7月21日
中部経済新聞掲載



飛騨国府・宇津江四十八滝の
かくれ味、八光苑

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 高山から国道41号線を国府町に向かってしばらく走り、宇津江四十八滝方面の看板に従ってどんどん昇っていく。人里もない奥に入ると大きな林のなかに草花が見事に咲いている庭園に辿りつく。大きな「八光苑」の看板が目印だ。しばし足を止め行き届いた庭の素晴らしさに見入てしまう。その庭には水のきれいな小さな池があり回りは草花で囲まれている。やがて八光苑の北村英子さんがにこやかに迎えてくださった。回りをほっとさせる何かが英子さんにはある。八光苑 北村 晴光氏は一見頑固そうにも見えるが、なかなか奥の深い楽しい人だ。何せ取材に伺い4時間30分も延々と話が弾んでしまったのですから。

八光苑社長・北村 晴光氏
                          自然の掛け軸の大広間
 冗談半分、本気半分のそのお話のなかにもしっかりとした経営哲学が伺える。北村氏の両親はリュック一つで引き上げてきて、現在の八光苑の地を購入した。昭和30年の頃のことで当初は養鱒場として農地取得資金を借り受けてはじめた。生活は楽ではなかったがその時代を精一杯生きていることを子供ながらに感じながら育った。親の真摯な生きかたに尊敬の念を持ちながら成長し、やがて自然に後を継いだ。その頃には八光苑に移行していた。親の後を継いでからの道のりも平坦ではなかったが、拡張をし続けてきた。
 息子が後を継いでくれないと嘆く経営者も多い。そんなとき果たして家族が一体となってみんなで頑張ってきたのだろうかと疑いたくなる。儲からないとグチばっかりでは後継者は育たない。結婚と同時に資金を借り、大広間を創った。部屋を案内して頂いて驚いたことは鉄道の枕木をそのまま部屋づくりに生かされていることだ。その「枕木の間」は、独特の雰囲気を醸し出している。窓からは川の流れがそのまま眺められ、せせらぎの音を聞きながらゆったりとしたときをすごす事ができる。大広間に入ってびっくりしたのが、大きな岩をいくつも積み上げた洞窟のある大部屋だ。一歩その大広間へ入るとひんやりとして涼しげである。自然の風景を掛け軸にしてこの部屋も四季折々の季節が楽しめる。

押し花のお品書き
石のある部屋  各地へ伺うと大 きなホテル・旅館や飲食店が廃業に追い込まれているところが目に付く。商売を長く継続させることは容易ではない。そこには経営者としての生きていくしっかりとした目標とビジョンが必要だ。北村氏は人まねが嫌いと言う。がんこなまでに自分の主義主張をまげないでやってきた。部屋の雰囲気も他ではやっていないことに挑戦した。お客様がいらっしゃった時に企業的でなくマニュアルでない、最善の気持ちでもてなす。もう一度行ってみたい。あの部屋でゆったりと食事をしながら時を過ごしたいとおもっていただける最良のもてなしを心がけてきたと言う。料理の材料もこだわり吟味して選んだ。お米は富山のコシヒカリを圧力鍋でおいしく炊く。味噌汁の味噌も久々野の地味噌を使う。料理にもこだわって研究を続けてきた。

 しかし、ここへ来て食べたから、おいしいと言える料理が沢山ある。ほうば味噌はその一つで、飛騨の寒い土地で食べるから美味しいし価値がある。この山で採れる山菜も同じだ。北村氏の言葉の一つ一つには苦節40年の重みがにじみ出る。信じたことを人まねでなく徹底してやりぬいて行く頑固なまでの生きかたに共感する。やがて東京で料理人として働いている息子さんが家業を継ぐ為に帰ってくると言う。 かつて北村氏が子供の頃から家族一丸となって頑張ってきた父母の姿を理想としてきた様に、自然に自分の生きかたにオーバーラップし、理想の姿として息子さんにも継承されてきたのかもしれない。楽しい事ばっかりではないかもしれないが、一つの道を信念を持って生きていくことが人として生きる最良の醍醐味かもしれない。


部屋の飾りのつるべ
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『うつりゆく商業環境と躍進するまちと店』
広野 嘉代子