年間稼働率90%の知多半島ホテル小野浦

2001年1月19日
中部経済新聞掲載



年間稼働率90%の
知多半島ホテル小野浦

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 知多半島のすばらしい海の景色をみながら海岸線にそって走っていくとやがて野間灯台が見えてくる。その灯台の北側に位置するのがホテル小野浦社長・原 義治氏(TEL:0569-87-0368)で、このホテルの全室から絶景の海景色が眺められる。昭和39年から20年間ドライブインを経営していた。昭和60年にホテルに変わった。その年に社長は稼業を継ぐベく美浜町に帰ってきた。平成2年には知多半島にも温泉がでるようになった。それまでは知多半島全体が夏を中心とした季節を限った観光地であったが、温泉がでることによって1年を通してお客様に来ていただく観光地として定着することになるだろうと予測ができた。そのころは父のもとで現在の半分くらいの小さな旅館を経営していた。 ホテル小野浦・社長 原義治氏
ホテル小野浦外観

 温泉がでると確信した父の英断のもとに温泉を掘る決意をした。将来を考えて湯元になりたかったからである。平成3年3月には見事、温泉を掘り起こすことが出来た。かなりの投資をしての温泉発掘だった。早速、40人収容のホテルから200人収容のホテルへと増築計画をたてた。ところがちょうどそのころバブルの崩壊で、資金調達がうまく進まない事態になった。それから約3年を経過して、平成6年9月ようやく当初予定の半分の100人収容の事業計画が認められ増築に踏み切ることができた。平成7年7月に完成し営業を開始した。ホテルは作っただけでは買ってもらえない。昔の商売はいくらで売るかであったが、今ではいくらだったら買ってもらえるかが問題である。

 旅行会社とタイアップして企画商品を作りうりこむ集客方法と、直接ユーザーに販売する方法があるが、直接自力で集客する方法をあえて選択した。いわゆる直接とは新聞折り込みのチラシや旅行雑誌・ラジオにむけて発信する方法である。増築前からいろいろ試みていて確信をもっていたので容易に実行にうつすことができた。21世紀幕開けも斬新な企画をたてた。「2001円分のお年玉プレゼント」と銘うって日帰り、宿泊の3コースを作った。泊まった人は2001円分がお年玉プレゼントとして、宴会に使っても良いし、おみやげに使っても良い。このチラシづくりがお客様にどううったえることができるかが、ポイントで、「行って見たいナー」と思わせるものがないと来て頂けない。開店以来この方法で着実に成果はあがり稼働率90%と驚くべく集客力となった。 お料理
大広間

 営業エリアは愛知県及び岐阜県ををターゲットとした。近場でのんびりゆったり、時間にもお金にもゆったりという方法で楽しんでもらいたいと企画している。お客様は今までの旅情報の入手方法が多様化し、インターネットからの情報も手に入るなど、いろいろな手段で情報が容易に手に入る時代になった。お客様の趣向の変化も重視しながら新しい企画を提案することが、とても大事になってきている。基本的には旅館としての商品のレベルアップや施設のメンテナンス。一番は大事なのは言うまでもなくおもてなしである。新入社員は1ヶ月位勉強してから仕事につくようにしている。

 社内の意思統一を図るためには支配人が議長になって月2回会議を開く。お客様からのクレームや料理の改善などを話合う。社員教育も徹底して実施。人間性を高めると同時に接客応対の教育を外部講師を招き、幹部及び主任クラスと一般社員とに分けて毎月行う。こうした努力があってこその稼働率確保であろう。今、知多半島は中部国際空港の建設が動き出し大きな転換期を迎えている。観光地としても飛躍のチャンスである。こうした動きをしっかりととらえ新しいホテルとしての商品づくりや、新規事業の構想も着実に進み益々勢いがましてきたところのようだ。とっても期待できるホテル小野浦である。
  詳しいことについては http://www.ipc-tokai.or.jp/~onoura/をご覧下さい。

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広野 嘉代子