能舞台もある知多半島先端の料理旅館「しぼりや」

2001年3月2
中部経済新聞掲載



能舞台もある知多半島先端の
料理旅館しぼりや

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 知多半島の先端、知多郡南知多町内海に能舞台を持ち知多半島全域や愛知県内外のお客様で人気の料理旅館がある。その名前は「しぼりや」(代表 石黒博和氏 電話 0569-62-1170 ホームページ ・ 準備中 http://www.nande.com/siboriya)で、宿泊は90名収容(7部屋)。料理を召し上がり、お風呂に入ってゆっくりくつろいで頂くという日帰りコースも人気を呼んでいる。もともとサラリーマンだった石黒氏だったが長男ということで両親が昭和40年頃からやっていた民宿をついだ。昭和62年に家業に入ったが最初のうちは半田市でベーカリーの店を中心に仕事をしていた。両親が民宿とベーカリーの両方を経営していたからだ。 しぼりや代表 石黒博和氏
予約の食事の場合は旅館の客室も使っている。

 その頃から結構民宿経営は安定していた。パンは美浜町や常滑市半田市を外販中心 に移動販売車で売っていた。新興住宅地よりも古くからの住宅地の方が買ってくださることが多かった。夏はジュースやかき氷もやった。お客様にとってこんなものがあったらいいなと思うような商品を販売していた。1日70,000円くらいにもなっていた。土日は民宿の手伝いだった。外販は毎週決めた時間に同じ場所に必ずいくようにした。そうすることによってここには必ずパンを販売に来るという安心感がお客様を呼んだ。いつもどんな商品をほしがっているかを研究し、製品の開発は怠らなかった。ちょっとオマケをするサービスもお客様のこころをつかむ要素と考えて実行した。

 パンをつくって売る商売は売らなければいけないので、攻撃する商売と考えて外販を中心に売上を確実に伸ばしていった。昭和62年から平成2年まで、パンの販売の仕事をやっていた。現在の旅館は平成2年頃はまだ前任者が経営していた。しかし、経営が成り立たなくなって売りに出された。やっていけるだろうかと多少心配はあったが立地条件も良いし観光地として望める場所と考え購入に踏み切った。天井部分やふすま、障子の張り替えなどしてイメージを一新した。お食事席は20席あり、予約の食事の場合は旅館の客室も使っている。70畳の能舞台付きの部屋があるので、三味線や大正琴、踊りなどの習い事の発表の場として知多半島全域から使っていただくことが多くなっていった。すべて口コミで広がった。お風呂は無料で入っていただけるようにしている。 70畳の能舞台付きの部屋
客室前通路横の展示場

 石黒氏の商売の基本は、お客様の立場を考えて「こうあったらいいな」とおもうことを実現してきたことだと言う。したがって営業活動は一切していない。営業費用を使うのだったらお客様に還元 したほうが良いと思っている。常時一元客はある。その中からリピーター客になっている。しっかりと美味しいものを提供して納得して頂いていれば必ず繁盛する。分かって下さった人がリピーターになってもらえる。実践して結果をだしている石黒氏の言葉には説得力がある。お客様が多くて混雑しているときは、待っている人に対してゆっくりできるスペースを考えて作っている。お香をたいたり熱帯魚で気をそちらに持っていける空間をつくったり、アンティックな場所でホッとして頂く感覚を取り入れている。

 お食事どころとしての売上は65%。お客様は建物とか器だけでない迎え入れる側が、美味しいものをお値打ちにたべて頂き、にっこりと対応ができるのが一番。そして働いている人が育つような環境をつくることではないかと言う。そして、困ったときには利益だけでなく真剣にアドバイスしてくれる人々、悩み喜びを分かち合える仲間が自分の支えと言う。私が最初に石黒氏のお店に伺ったときは、仕事の関係で夕食を食べようと立ち寄った。満席であふれ返っていた。石黒氏が満面の笑みでカウンターに立ち、申し訳なさそうに頭を下げた。その笑顔がおだやかで人を引きつける不思議な魅力で輝いていた。商売は人につきると言われる。自ら実践している人だった。
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『うつりゆく商業環境と躍進するまちと店』
広野 嘉代子