大露天風呂の新穂高温泉/水明館佳留萱山荘

2001年4月13
中部経済新聞掲載



大露天風呂の新穂高温泉
水明館佳留萱山荘


 その日の奥飛騨新穂高温泉は絶好の雲一つない良い天気で、槍ヶ岳がくっきりと見える。つい先日まで雪がちらついていた。平湯トンネルの峠付近の道路も雪でツルツルと滑って途中で事故を起こす車もあった。季節は1ヶ月以上はこちらと違うようだ。新穂高温泉に大露天風呂を幾つも持つという旅館があると聞きたずねた。新穂高温泉のなかほどにあり、道路から河川に向かっておりていくとそこにあった。水明館 佳留萱山荘(代表取締役滝多賀男氏TEL0578-9-2801 準備中 http://www.nande.com/karukaya)で、平成元年に下呂温泉水明館が購入した。そのすべてをまかされて経営にあたってきたのが支配人の田口高弘氏である。しかし、当初は支配人は別の人だった。

水明館佳留萱山荘・田口高弘氏
季節は1ヶ月以上はこちらと違うよう

 田口氏は平成2年10月に板場の責任者としてここに就任。やがて前任者がやめ支配人になったときには、リピーターのお客様も離れて行った。新たな顧客を確保していかなければならないと必死で顧客確保に努力をしてきた。幸いにしてここは東海随一と誇れる大露天風呂があるし、「日本秘湯を守る宿」 の会員でもある。会員になるには温泉宿として厳しいチェックがあってなかなか会員になれないと言われる。何とかお客様に来ていただくためにはどうしたら良いかと、 同じ新穂高温泉で旅館を営み、「全国秘湯を守る会」会員の槍見館・林英一社長に相談した。マスコミ関係や「温泉の達人」を紹介して頂いたりしておおいにお世話になったと言う。

 こうして少しづつ全国に知られるようになった。旅行会社は入らず、お客様はほとんど直接予約の人ばかりだ。何と言ってもここは大きな売りがある。大露天風呂が5ヶ所と大パノラマのように広がる北アルプス連峰が目の前にあるからだ。畳で270畳の広さを誇る露天風呂は見事である。平成2年から田口支配人は家族も一緒に引越しをし、奥さんも女将として活躍をしている。板場出身の田口支配人は、お客様に喜んでいただける料理を常に心がけていて評判が良い。リピーターは年々増え、多い人は年に10〜12回泊まりに来る人もある。お客様は関東がいちばん多くついで関西、そして中部方面だ。 露天風呂
「夢をいつまでもの湯」入り口

 特に佳留萱山荘がお客様に知られることとなった要因には、「温泉の達人」である野口悦男氏の紹介による、テレビ東京のテレビチャンピオン「全国大工王選手権 露天風呂一本勝負」からである。これは平成11年3月に行われたものて゛、テレビ局が選出した大工さん3人が一組となり、3チームがそれぞれの露天風呂を持つ新穂高温泉の宿のお風呂を使い大工としての腕を競った。30時間でお風呂を完成させるというものだった。佳留萱山荘は群馬県の「吉田チーム」が腕をふるった。できたお風呂は八角形の回転式のもので、佳留萱「夢をいつまでもの湯」と命名。3チーム出場のなかで見事、当館のお風呂をつくった吉田チームが優勝を果たした。

 この模様を全国ネットで一時間半テレビ放映されたため一躍話題の風呂となった。全国に一つしかない回るお風呂としておおいに脚光をあびた。テレビを見たといって子供にせがまれて鹿児島からやってきた人もあった。結婚して40,年になってこのお風呂ではじめて一緒に入れたと喜んでいただいたご夫婦。絶景のなかでこの回る八角形の露天風呂に入ってとても気持ち良かったといって、当館においてあるお客様が自由にかく「記録帳」には喜びの声がいっぱい書いてあった。ようやく 新穂高に訪れた遅い春の日差しのその日も、大露天風呂や回転風呂から楽しそうなお客様の声が聞こえてきた。露天風呂の撮影や3ヶ所ある湯元を案内して頂くその佳留萱にかける熱意に、田口支配人の人生をかけた深い思いが強く伝わってきた。
八角形の回転式のもので、佳留萱「夢をいつまでもの湯」
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『うつりゆく商業環境と躍進するまちと店』
広野 嘉代子