中の湯温泉旅館

2001年8月3

中部経済新聞掲載




代々続く旅館を大事に守る
上高地の秘湯の宿 中の湯温泉

 長野県商工会連合会主催のインターネットの講演会が松本市で開催され、その講師として招かれたことをきっかけに、長野県の「秘湯を守る宿」を尋ねることにした。その旅館は長野県の上高地にある秘湯の宿である。愛知県から行く方法として中央道を通っていくか、東海北陸道から高山経由の方法と、2つある。時間的にはそんなに違いはないだろうと思い、いつもの慣れた道である、高山から奥飛騨経由で行くことにした。高山市を通り過ぎ、平湯トンネルをくぐって降りて行くと平湯温泉がある。その入り口に安房トンネルはある。はじめて通る安房トンネルはよく整備された長い距離のトンネルだった。中の湯温泉旅館(長野県南安曇郡安曇村4467 TEL0263-95-2407)はこのトンネルをくぐってすぐのところを、安房峠の山頂にむかっていくつものヘアピンカーブを曲がった絶景の場所にあった。

地図
スロープから

 副社長 小林清二氏がにこやかに迎えてくださった。この旅館は4代目で、初代が始めたのは大正4年頃にさかのぼる。もともと土木建設が主な仕事で、釜トンネルや安房峠の道をつくったりしていて、その作業員の宿泊場所としてはじまった。焼岳の爆発も大正4年でそのとき川がせき止められて大正池ができあがった。この大正池を見学したり上高地への山登りのお客様があるようになって「山小屋」を作り始めた。大正9年に東京電力が大正池の水を利用して発電し、電気のない岐阜県側に入れようということから工事がはじまった。それをきっかけに「中の湯」まで道路ができあがった。東京電力の送電線の工事は昭和29年ころまでかかりようやく完成した。旅館としての許可は大正12年におりている。

 中の湯温泉の命名は白骨温泉上高地温泉中間にあることから「中の湯温泉」となった。乗鞍方面と上高地方面とのどちらへも行ける乗り継ぎ点でもある。乗鞍山頂行きバスは始発であり上高地は終点であるそんな絶好の場所に「中の湯温泉」はあった。山小屋当時から露天風呂はあったがお金はとっていなかった。釜トンネルの作業も仕事として手がけ、この工事が終わった頃から旅館にしていった。道路から露天風呂が見えることもあって、すぐに評判になり大繁盛することとなった。やがて長野オリンピックにむけて安房トンネルをつくる話が持ち上がり、そのトンネル工事によって道路の拡張などで旅館も、ついでに改築するつもりで平成5年10月から4年間の休業保障のもとに旅館を締めた。
旅館からの景色
中の湯温泉旅館

 そこで思わぬ事態が発生した。平成7年2月、旅館の改築工事をはじめようと思った矢先に、この現場で水蒸気爆発が起こってしまった。事態は急変した。旅館を創るその場所は立ち入り禁止になり、旅館はつくれないことになってしまった。仕方なくその場所から2キロ程離れた安房峠の中腹へ急遽予定を変更し建てることになった。こうして平成10年春客室46部屋125人収容の現在の「中の湯温泉旅館」がオープンした。眼前に雄大なアルプスの山々が眺められ、原生林に囲まれた静かな場所である。

 お客様は焼岳の登山客と日本秘湯の宿の会の人達が中心で、特に大きな宣伝はしていない。日本秘湯の宿で出しているスタンプを持って来店されるお客様の間で口コミで広がってきた。又、「日本秘湯を守る会」の会員同士の連携も強くお互いにお客様の紹介をし合ったり情報交換もさかんに行われている。安房トンネルが開通してからは今まで上高地へのお客様が100〜120万人であったものが200万人と大幅に増えた。しかし、便利になったことにより素通りのお客様も多くなって行った。旅行のありかたも時代によって変化をとげていく.。しかし、自分の宿がどんなお客様に親しまれ喜んで頂けるか、しっかり見据えて時代の波に躍らされないようにしていきたいものである。秘湯の宿はほかの大きな旅館とは一味違う静かな宿でゆったりとお湯につかり旅を楽しむ人の為にあるステキな宿であった。

駐車場下から
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『うつりゆく商業環境と躍進するまちと店』
広野 嘉代子