2001年9月7日 中部経済新聞掲載 |
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エクステリアと言えば一般的にはガーデニングが浮かび、7〜8年ころより主婦のあいだで評判になり、新聞や雑誌・テレビなどマスコミにも盛んに取り上げられ、ホームセンターや花やさんでもガーデニング商品が一斉に店に並ぶようになった。ひとつのブームになった。みんな自分の庭に競って花を植えはじめた。そんな頃にはエクステリアや外構工事の仕事を拡大していた株式会社イトウ建材店 代表取締役伊藤友一氏(本社岐阜県瑞浪市西小田町3−110TEL0572-68-4131)は、すでにいちはやく時代の波にのっていた。 |
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創業は28年前に父親が建材屋を始めたことにあった。建築・左官材料を取り扱い業者向けの販売が主だった。当時から工場のスレート屋根や壁の工事・風呂のタイル工事もやっていた。父親が34歳のときに会社を興したこともあって伊藤氏も34歳になったら自分も親のように何かをやろうと意識していた。それがエクステリア(外構)の仕事だった。17年前のことである。父親が最初に事業を始めたところは瑞浪駅の近くだったが、郊外の別のところへ展示場・倉庫をつくった。父親はその前向きな取り組みを応援してくれ、投資することも理解してもらえた。後にこの事業が中心に変わって行くことになった。しかし、地元ではお客さんである業者さんの仕事をとってしまうことなるので、名古屋の分譲住宅の会社をまわって何社か仕事を貰えるように営業をした。そんなところから下請けの仕事を始めた。 |
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外構とは私は聞きなれない言葉だったので、尋ねたところ 「一般的にはエクステリアとも言われるが、ガーデン・外構で通用しています」との応えだ。いわゆる外構とは字のごとく外の構。家の枠、囲い!!仕事は下請けであるが瑞浪市に近い多治見市や可児市の仕事が中心だった。順次仕事は多くなっていった。次第に地元の工務店からも仕事が入るようになってきた。外構がトータルの業者として認められるようになったのはこの5年前くらいのことで、一般的には分離発注が主だった。門の壁を塗るのは左官工事。庭は造園業とブロック屋さん。それぞれ別の業者が仕事を請けてやっていた。 |
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仕事の内容は家の塀の仕事から門・扉そして中へ入るアプローチと庭の植え込み。カーポートづくりやテラス・ウッドデッキなど家本体以外の工事は全てと言ってもよい。家の門から玄関までのアプローチの仕事はここ3年くらいからだという。しだいに名古屋のハウスメーカーの仕事も多くなってきた。東濃地方は多治見市が中心であったので資材置き場としても必要と考え、8年前に多治見市へ営業所をつくった。380坪と場所が広いこともあって、多治見市や可児市の業者さんへの資材販売もここでするようにした。従業員も多治見市が多かったので通勤にも都合がよい。従業員も友達の友達といった形で増えてきた。従業員も配達が適している人、工事が得意な人等従業員も適材適所でそれぞれが効力を最大限に発揮できる体制も整った。 |
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そして住宅団地が立ち並ぶ好立地の場所に「エクステリアランド皐月」と命名し、展示場と店舗を2年半程前につくった。この店では年に5〜6回チラシを出して来店客をとり込んでいる。そして、いまインターネットのホームページ作成に取り組んでいる。いつも時代の流れをくみとって対応していくチャレンジ精神こそが事業発展のもとである。新しいことにチャレンジしようとしたとき、父親が反対していたら今のイトウ建材はない。私は伊藤氏と一日取材で同行させて頂いた。お話をしているうちに伊藤氏のお人柄と、いつも次ぎなる目標に向かって行くチャレンジ精神に触れ、これこそが企業発展の元であると思った。企業は人なり。そこで働く人達もみんな穏やかで一生懸命だった。 |
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| トピック履歴一覧へ | 中部経済新聞連載記事(毎週金曜掲載) 『うつりゆく商業環境と躍進するまちと店』 広野 嘉代子 |
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